スタッフ: 大槻周平、岡本純典
大学院生: 石谷 貴、中村海斗
雑賀崇文、岩田長瑠、廣田宙自
日本における変形性膝関節症の患者様は1000万人を超え、治療が必要な方は700万人とも言われています。この数は増加傾向にあり、適切な時期に適切な治療をお勧めすることが大事です。ヒアルロン酸の関節注射や筋力強化訓練などの保存療法を行っても効果が得られない場合、手術加療を検討しなければなりません。手術方法には次のようなものがあります。
1. 骨切り術
対象:変形性膝関節症で、関節変形が前期から進行期の患者様で、手術後に仕事、スポーツ、旅行など積極的にしたい方が対象となります。しかしながら、手術前に関節の動く範囲(可動域)の制限が強い時(膝が伸びにくい、曲がりにくい)患者様にこの手術を行っても疼痛が改善しないこともあります。
当院では関節の変形を注意深く観察して診察し、3種類の骨きり手術を行っております。
1) 内側開大式高位脛骨骨切り術(OWHTO)
内側のみの変形性関節症の程度が少なく、外側や膝蓋大腿関節関節の変形があまり見られない患者様が適応となります。現在Synthes社のTomofix plateと人工骨(ß-TCP)を使用した方法を行っており、手術後3週で退院を目標にリハビリを行っております。
右の写真は進行期変形性膝関節症に対してOWHTOを行い、荷重軸が(黄色線)内側からやや外側に移っていることがわかります。
2) ハイブリッド式高位脛骨骨切り術(Hybrid HTO)
高度内側型変形性関節症で矯正角度が大きい場合や、膝蓋大腿関節にも変形性関節症が見られる場合、横須賀市立市民病院の竹内良平先生が考案されたハイブリッド型高位脛骨骨きり術で対応しております。これは、外側閉塞式と内側開大式の長所を取り入れた術式です。長所は、大きな矯正を行っても脚長差が手術前後で比較的見られないことです。上の写真は末期変形性関節症の患者様ですが、手術前の関節可動域が保たれており、手術後も営業職を希望されましたので、本術式を選択しました。骨きり後、膝の変形は改善し、膝蓋大腿関節の裂隙も保たれております。この手術が適応の患者様は術前の変形が強いため症状がとれるのに時間がかかる傾向にありますが、自分の膝関節を温存でき、調子が良ければスポーツや旅行など楽しむことができます。実際、手術後にテニスやゴルフを元のレベルで行えているとの喜ばしい声も届いています。
3) 大腿骨遠位骨切り手術(DFO)
外側半月板損傷や円板状半月手術後の患者様で外側痛が続くことがあります。このような場合、外側の軟骨損傷や、骨壊死を続発していることがあります。放置しておくと、荷重軸が膝外側を通るため外側軟骨の磨耗が進行し、X脚がより増悪する傾向にあります。当科では大腿骨骨きりによって荷重軸を正常に戻して疼痛の改善を図ります。また、必要なら骨軟骨移植など併用しております。右図は手術前後で荷重軸(黄色線)が膝外側から中央に通っていることがわかります。
文責 大槻周平
2. 人工膝関節置換術
我々は、「今、求められている人工膝関節全置換術」をテーマに術後の良好な屈曲角度を含め、より良い機能改善を追求しています。更なる改善や疑問点の解明を課題として臨床研究を進めていくとともに、成果を臨床に還元できるよう取り組んでいます。
平成20年1月以降はFINE knee system(ナカシマメディカル社)のPCL温存型(CR型)の器種を主に用いています。この器種は、ヒトの正常膝関節と同様に大腿骨内側顆をやや大きくし、さらに摺動面の制動を内側では強く、外側は少なくすることにより(図1、2)、膝の自然な屈伸運動に近いmedial pivot motionに近似した屈曲動態を再現し、術後に深屈曲が期待できる点が特徴的です。
【図1 FINE knee systemのデザインコンセプト 大腿骨部品と脛骨インサートは内外側の形状が異なり、3°に相当する段差があります。内、外側のjoint line は生理的に近い形状になります。】
【図2 大腿骨部品の内、外側顆とインサート形状の違い 内側顆は厚くround状でインサートのconformityが比較的高いのに対し(左)、外側顆は薄くflat状でconformityは比較的低くなっています(右)】
ご周知の如くTKAの手技やデザインは既にほぼ確立され、中・長期の安定した成績が得られている一方、より機能的な要求も高まってきています。とくに日本人は床面での生活が多く、正座や胡座など膝を大きく屈曲させる姿勢をとることがあり、また時には、跪き動作のような膝に直接剪断力が加わる動作も要求されます。そのため、生活様式の異なる欧米から供給される人工膝関節よりも可動域が良く、かつ安定性の高い機能再建が求められ、より自然の膝に近い動作を獲得できる手術が期待されています。膝関節の機能として、「よく曲がる」ことは最も基本的で重要な要素であり、TKA後も求められていることから、現在の主流は深屈曲時に緊張して屈曲を障害する後十字靱帯(PCL)を切離するPCL置換型(PS型)になっています。PCLは本来脛骨の後方移動を制動する靭帯で、安定した跪き動作には不可欠な靭帯ですが、深屈曲の妨げになります。PS型TKAの概念は、PCLを切離することで前後の安定性をいくらか犠牲にして、屈曲可動域を確保することです。このデザインでは、PCL機能をポリエチレンと金属のカム機構が代償するため、跪き動作など直接膝関節に外力が加わる動作では、長期的には破損の危険性が高くなることが問題と考えています。
このような要求に応えるべく、PCLを温存しながら深屈曲も期待できるという観点から、上述のFINE knee systemを主に選択しています。この器種のTKAのうち術後6か月以上を経過したものは188膝になりますが、術後6か月時の屈曲角度は平均126°、130°以上の症例が71膝38%と、可動域に関しては満足すべき結果でした。よく知られていることですが、術前に屈曲角度の悪い症例はTKA術後も屈曲角度が良くない傾向があります。当科では、術前の膝の屈曲角度が良好な患者さんには、その角度を維持しながら和式の膝機能にも対応できるように、もしくは屈曲角度が悪くても和式の生活スタイルを望む方にはCR型を基本としています。ただし術前の膝の屈曲角度が120°未満で、術後にできるだけ良くしたい方にはPS型TKAも行っていますので、患者さんの要求に応じた器種選択が可能となっています。
平成23年2 月からは、FINE knee systemのさらに良い屈曲可動域をめざして、内側後顆のみを外側と同じ形状に変更した大阪医大型を使用しています(図3)。この器種は現在当科でしか対応できませんが、PCL機能を温存したまま深屈曲が獲得できるデザインとして期待しています。
【図3 大阪医大型FINE knee system 通常の器種では、大腿骨部品の内側顆は外側顆に比べて全周性に2mm厚いデザインですが、大阪医大型では内側後顆の後上縁のみを外側と同じ厚さに変更しました。】
CR型はPCLを温存する手技が煩雑で一般的に敬遠される傾向にありますが、慣れればそう難しいものではなく、当科では手術手技もほぼ確立し、術者の技術もかなり習熟してきています。ただしPCLの機能を十分に活かす手技にはまだ改良の余地もあります。また、この器種が本当にmedial pivotを再現しているのか、正常に近い動態は本当に良好な臨床成績に結びついているのか、誘導された動きが無理なく行われているのかなど、解っているようで解っていない基本的な疑問も沢山あります。これらの疑問点を解明すべく、現在我々は大阪大学バイオメカニクス講座との共同研究として、FINE kneeの動態解析の研究を行っています(図4)。
【図4 FINE knee systemの動態解析 術後1年程度で大阪大学バイオメカニクス講座を受診して頂き、しゃがみ込み動作に伴う人工関節の動態を調査しています。正常膝と同じように、屈曲に伴う下腿の内旋が生じているかどうかを検討しています。】
長期耐久性のためには、誘導された動態だけではなくインプラント間の圧縮力も重要な要素と考え、センサーを用いた術中部品間圧縮力測定の臨床研究も行っています(図5)。
【図5 FINE knee systemの術中圧縮力測定 TKA術中に脛骨トレー下に圧センサーを設置し、屈曲に伴う大腿骨部品とポリエチレン部品間の圧縮力(kgf)を測定しています。屈曲終末期の圧縮力は、外側より内側の方が強くなっていますが、長期耐久性向上のためには、この力をできるだけ適正な大きさにするためのデザインが必要と考えています。】
以上にご紹介したように我々は、人工膝関節置換術の更なる改善や疑問点の解明を課題として臨床研究を進めていくとともに、成果を早く臨床に反映していけるよう診療と研究、教育に取り組んでいます。
文責 岡本純典